1988年
『恋愛真空パック』(PHP出版・角川文庫)
最初は恋愛論の本にしようと思ったのだが、 やはりと言うか案の定と言うか、結果的にはそういう本にはならなかった。ま、恋愛論なんてぼくの柄じゃなかったのだろう。この頃ぼくはFM東京やFM大阪でDJをやっていた。この本はDJをやるような気分で、まずテープに吹き込んだ。車を運転しながら喋ったり、ベッドで眠りにつく前に喋ったり、喫茶店で喋ったり、とにかくぼくは喋りつづけた。文庫本の解説を書いてくれたのは田口賢司氏。この解説では、パーティ会場におけるぼくが的確に描写されている。
『チョコレートの休暇』(東京書籍・講談社文庫)
チョコレートというものに異常なほどの関心を持った時期があって、その頃書いた小説。チョコレート・アディクトの主人公マリリンがシック・センターに入院するという話だが、チョコレートというのはもちろんドラッグのメタファーである。『窓にのこった風』に始まり、『クロアシカ・バーの悲劇』で追及された実験小説の系譜の、今のところ最後に位置する作品でもある。そして、この小説の雰囲気は『真夏のニール』へと受け継がれた。「どこか狂った川の畔で」は、珍しく父親のことをストレートに書いている。今読むと、アラン・シリトーの小説のようだなと自分では思う。ぼくは若い頃シリトーのファンだったのだが、この小説には明瞭にその影響を見ることができる。こういう短編なら、また書いてみたい。「彼の青いシャツ」に出てくる女の子は、どうってことはないが自分の小説の中でぼくが好きな女の子の一人だ。この短編ではもっともらしく別れた妻の思い出なんてのが描かれているが、作者が描きたかったのは、ほんとうは妻のほうではなくノーテンキに見える女の子のほうだ。こういう子が回りにいたら、きっと楽しい人生を送れるだろうに……などと言うと石をぶつけられてしまうだろうか?
『初台R&R物語』(ビクター出版・角川文庫)
第四エッセイ集。ミック・ジャガーへの二度めのインタビュー、ロニー・ウッドへのインタビューが収められている。初台というのはぼくが住んでいる街の名前で、西新宿から徒歩でも五分ほどという都会の中心にありながら、いつまでたってもあかぬけない、田舎っぽい街でもある。この本を出してから、たまに未知の読者がぼくのマンションを訪れ、いない時には手紙を置いていってくれるようになったりした。そういうのは、圧倒的に男のほうが多い。
『真夏のニール』(集英社・集英社文庫)
『水晶の夜』『ロックス』につづくこの長編を書くのにも、ひどく時間がかかった。設定やストーリィはまったく違うが、自分としては『水晶の夜』の姉妹編のようなつもりだ。森へのアプローチの方法とか、危機的な未来像とか、どことなく雰囲気が似通っているような気がするのだがどうだろうか。記憶を失ったサヤカという女と主人公の関係を書いた物語だが、SFとしても楽しんでもらえると思う。 NILというのはコンピュータ用語で、空欄とか、ゼロというような意味だ。記憶を失ったサヤカを象徴しているわけだ。この小説を書くために動物行動学の本を読み始め、その習慣はこの小説を書き終えてからも守られている。そう言えば、単行本のオビに刷り込まれた<ぼくたちは、花々の言葉でコミュニケートできる/文明の未来への予感を秘めて、アンダーグラウンド・シティに繰り広げられる白昼夢のような愛!>というコピーは、ぼくが自分で考えたものだ。ま、たいしたコピーではないかもしれないが。
戻る |